2017年9月22日 (金)

先崎学先生の快復を祈って

 第29回将棋ペンクラブ大賞の観戦記部門の優秀賞に先崎学九段の「第65期王座戦2次予選 三浦弘行-先崎学」が選ばれました。先日、贈呈式が行われましたが、先崎先生はその晴れ舞台にいませんでした。将棋連盟から来年の3月末までの棋戦休場が発表されていますが、「既に退院されて、ご自宅で静養中ということです」とのツイートを見つけ、ひとまず安心しています。元気なお姿を早く見せて欲しいと祈っております。

下の記事は3月中旬に書いたものですが、内容が重いかなと掲載を見送りました。それでもやはり、先崎九段の受賞のお祝いと快復を願って、紹介することにします。

王座戦 先崎学九段の自戦記を読みました。(3/15記)

3月3日から8日まで日経新聞に全6回シリーズで先崎学先生のペンによる第65期・王座戦2次予選の特選譜が掲載されました。先崎九段に対するのは復帰2戦目の三浦弘行九段です。

いつも利用する食堂で、注文したランチが来るまでの時間つぶしに手にした新聞に第1回目の記事を見つけた。勝負の結果はすでに知っていたので、どのような技の応酬があったのかという程度の興味で読み始めた。しかし、この自戦記はこれまで読んだことのあるものとは異質の内容でした。

対局前夜の孤独と苦悩、スマホ騒動に巻き込まれた三浦九段への思いと当日の対局前の様子の描写だけが書かれていました。
重苦しく、棋譜解説のない自戦記の始まりでした。これはしっかりと読むべきだと思い、翌日から毎朝、コンビニで日経新聞を購入する日が始まりました。

連載2回目は、昼食休憩時に起きた微笑ましいハプニング。「私はこの数ヶ月、棋士たちが当たり前の仲間意識、笑う余裕をなくしたのが何より辛かった。だからこそ三浦君が笑ってくれたのは嬉しかった」。技については△6五銀の1手のみ。

3回目にやっと両者の技の応酬が少し載る。「棋士は個性の塊であり、意見も多様であり」それだからこそ将棋連盟の組織のあり方をどうすれば良いのか苦悩する。

4回目は棋譜解説なし。「平和で物事がうまくまわっている時は、バラバラこそが強みなのだ」「今回のような非常時には、見事なまでにこれが裏目に出る」。「棋士は一刻も早く佐藤新会長の元に団結してほしい」。

5回目。終盤の応酬。

最終回。この対局のクライマックスの△5一香打ちは「カオスな魔の一瞬を作ることを自らの将棋の中心におくようにした」。138手まで先崎九段の勝ち。
感想戦で、三浦九段のこれまでの重さを受け止める意味で、闘い抜いた戦友へこのような本音を語っている。

棋士同士の信頼関係がなぜ崩れたのか、なぜこういう冤罪事件が起きたのかはいまだに真相は不明だ。ただ先崎先生のこの自戦記を読んで、プロ棋士自らによる三浦先生の名誉回復のための仕事がやっと始まったんだと思った。

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2017年9月18日 (月)

第41回高文連 囲碁将棋 秋季大会を見学してきました

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9月16日に第41回沖縄県高等学校文化連盟 囲碁将棋 秋季大会が那覇市の沖縄産業支援センター大ホールにて開催されました。

将棋部門では個人戦で上位の成績を上げた者(男子2名、女子3名)が来年1月に静岡県で開催される第26回全国高等学校文化連盟将棋新人大会へ派遣されます。なおこの大会には団体チームの派遣はありません。

今回初めて当センターの大ホールに入ったのですが、広々としたきれいな会場でした。建物内にはコンビニもあるし、そば屋も近所にあります。駐車場も広いので将棋の一般大会にもここを使って欲しいなあ。自宅から近いし、笑。

男子個人戦ですが、夏の大会にも勝ち抜いた2名が今回も代表に選ばれました。NクンとIクンは他の選手よりも頭ふたつ分、実力が飛び抜けており、彼らに勝てないと思っているせいなのか、個人戦エントリーは少なかった。
この2人に勝つのは大変だと思いますが、勝負は時の運、彼らに一発いれることだって可能だと思いますので、しっかりと地道に努力して下さい。
彼らもこれまで一般大会に参加し続けて、そこで強い人にもまれて、実力が付いてきています。他の選手も技術や精神面も鍛えていけばもっと強くなれるはずです。積極的に一般大会にも参加して下さい。

派遣のかかっていない団体戦に、参加チームが9チームもあったのは驚きでした。来年の夏の大会へ向けた予行演習ということでしょうか。有段者をそろえたチームもありました。試合ごとに選手が一喜一憂する団体戦はやはり見ていて楽しいです。嘉手納高校、優勝おめでとう!

級位認定戦には32名が参加しました。まだまだぎこちない駒の持ち方をする学生さんもいましたが、はっとするような鋭い一手も見せてくれました。これからも将棋、頑張って下さい。

大会の運営を支えて頂いた先生方、本日はお疲れ様でした。

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2017年9月16日 (土)

寄稿:アマ名人戦全国大会に出場しました・後編

さて翌日の予選

一回戦の私の相手はF県代表のF氏、相手の注文で一手損角換わり。
棒銀での速攻に向飛車で対抗され、動きが取りづらいまま駒組合戦になり苦しい展開に。途中、相手の動きを誘い何とか駒組を立て直すも、端の攻防で中途半端に切りあいに行ったのが悪く、最後は一方的に寄せ切られる(徹底して受けるか、うまく受け流せればまだチャンスはあったか?残念)。

気を取り直して二戦目、相手は元奨三段の若手M氏。
これまた角換わりとなり、相手の飛車先の交換を誘っての切り返しで角を放つも、相手もひるまず突っ込んできて直線勝負に。
こちらが少し苦しい展開だったが相手も人の子、負ければ予選落ちなので自然と指し手も慎重になる。最後ワンチャンス、桂馬の王手に同角と取ればどうなったか?
相手も「真っ暗でした」と気にしていた筋もあったのだが結局見逃して、最後はきれいに寄せきられ投了。
あえなく二連敗で予選敗退となりました。う~む、残念。

今回、久しぶりの全国大会ということで気合はかなり入っていたのですが、ちょっと空回り気味だったかもしれません。もちろん私の実力不足の感は否めませんが。
それでもね、もう少しは良い戦いが出来ただろうにと、自分の土俵で戦えなかったのは悔いが残りますね。
ただやはり、全国の空気を吸ってその中で戦えたことは、良い刺激になりました。

今大会では出場者も最高齢は67歳!その他50代も数名とベテラン勢も多く、20数年前から知っていて、昔、東京の大会等で当たったこともある面々が揃っていて、「皆さん今でも第一線で活躍していて凄いね。自分もまだまだ頑張らねば」と思いを新たにした次第です。

県内も強豪がひしめいているので、代表になるのも大変ですが、またいつかこの場所に立てるよう、これからも精進したいと思います。

応援していただいた皆様、ありがとうございました。

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Iさん力作どうもありがとうございました。中年代表の輝く☆としてこれからもチャレンジは続くのです!

画像は個人の顔の判別が出来ないくらいまで画質を落としています。関係者の皆様、どうぞご了承下さい。

2017年9月15日 (金)

寄稿:アマ名人戦全国大会に出場しました・前編

平成29年9月2~4日の日程で開催された第71回全日本アマチュア将棋名人戦に沖縄県代表として出場されたIさんから寄稿を頂きました。2回に分けて掲載いたします。

出場記:Iさん

9月2日、東京チサンホテルで開催された第71回アマ名人戦全国大会に沖縄県代表として出場させていただきました。

名人戦の全国大会は3回目ですが過去2回は30年以上も前の話なので、初出場みたいなものですね。(ちなみに当時の会場は中野サンプラザで、他県勢との相部屋でした。今回は個室でしたが、今どきの全国大会はどこもそうなのかな?まあリラックスできてその方がいいではあります)

前日の夕方にホテル入りし、抽選くじを引いて前夜祭の時刻まで部屋でしばし休憩。出場者名簿に目を通すと、知ってる名前がほとんど。まあ全国大会ですから当然ですが、当たりたくない相手ばっかりです(笑)。
超強豪達の中にまざって自分の名前があるのも少し場違いな感もしましたが、すぐに「いやいや、過去に勝った相手だって数人いる、怯むことは無い」と言い聞かせ、試合前日に自信を無くしそうな心を鼓舞する。。。

定刻になり前夜祭に出席。(立食バイキング形式)
参加者は常連組が多いので自然と会話の輪ができているが、私はなにせ、ほぼ初出場みたいなものなので、こういう時少し困るのよね。
それでも近くにいたN県代表の方と乾杯を契機に雑談をし少しリラックス、そのうちC県代表のCさんも到着し合流。会場には知り合いも数人いて、挨拶に行かなきゃなのですが中々タイミングみつけられず(難しいですね、こういうの)。
そうこうしてるうちにS県代表のE氏に「Iさん久しぶりー」と声をかけられ、「あー、すいません、こちらから挨拶に行こうと思ってたんですがEさんずっと歓談中だったので中々行けなくて」と、しどろもどろにこちらの非を詫びつつまた歓談。

前夜祭は佐藤会長、屋敷大会委員長の挨拶を皮切りに、出場選手個々が前に出て抱負を述べるという流れで、わりとあっという間にお開きに。(会場で屋敷九段に声をかけると、気さくに対応いただき写真を撮らせてもらいました。この場を借りて?御礼申し上げます)

つづく

Party
画像はイメージ、笑。

2017年9月12日 (火)

B2リーグへ昇級したのだが

先週の日曜日(9/3)はB2リーグ前半戦の開催日だった。

C1からやっと昇級できて初のB2参戦と言うことで、気合いを入れて道場へ出掛けた。
黒板に貼られたリーグ表を見て、このメンツ相手では厳しすぎるとくじけそうになった。今回は7名参加のリーグ戦だが、練習対局でも勝てない相手ばかりの名前がそこに並んでいた。

この日は旧盆のお迎えの日にあたり、3名が欠席ということだった。おれはこの3人に不戦勝ということで構わないからと手合い係に頼んでみたのだが、当然、却下された。

4試合をこなしたのだが、連続して4回とも負けた。序中盤でリードしていても持ち時間10分を使い切り、一手30秒未満の秒読みに入ると、指し手が急に変調してしまう始末だった。情けなかった。

最近、将棋クラブ24では持ち時間15分の将棋を楽しんでいるが、このルールなら読む時間もじゅうぶんあって、成績もまずまずなのだ。早指し将棋を全然やっていなかったせいで、道場では散々だった。

遅刻してOさんがやってきた。手合い係が「もう一試合します?」と尋ねた。4連敗のまま帰るわけにもいかないので、勝負を受けることにした。乱戦に持ち込んで、優勢の内容だった。終盤に金の頭に歩を打って、相手の指し手をつぶせば勝てたのだが、飛車を切られて詰まされた、本日5連敗、嗚呼。

調子の悪い日は、ほどほどセーブして試合をすれば良かったと後悔ばかりして帰宅した。

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2017年9月 9日 (土)

藤井聡太 名人をこす少年/津江章二

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1/18の記事「クローズアップ現代 14歳プロ棋士 衝撃のデビュー」で藤井聡太四段を取り上げたのですが、まさかここまで大活躍するとは誰も思っていなかったはずです。

おれも「大志」と揮毫された扇子が欲しくて連盟のネットショップを覗くが、いつも品切れでした。ヤフオクなら見つかるだろうと調べてみると、入手困難ということでかなり強気の値付けがされていた。25連勝したあたりからは、落札価格が3万円を越えることもあり、まさに藤井フィーバーここにもありという感じでしたね(現在でも定価の2倍くらいで扇子は出品されていますが)。

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朝、昼、晩のワイドショーやニュースまで、どこのチャンネルでも藤井聡太の名前が出て来ない日はありませんでした。

書籍の世界ではタイムラグがあり、やっと今頃、立て続けに藤井関連本が出版されています。まずは「藤井聡太 名人をこす少年/津江章二(日本文芸社)」をご紹介します。

著者は66歳の観戦記者の方ですので、藤井少年はお孫さんみたいなものなのでしょう。彼の快進撃を温かく優しい目で見守っており、好感が持てる内容になっています。長年、ボクシングや野球の観戦記者も務めていたということで、イチロー選手や古今東西の名プロボクサーとの比較論もありますが、スポーツがまったく分からないおれにはこの章はピンと来なかった(逆に、将棋にあまり詳しくない読者を惹き付けるための一章ということですので)。

最近は藤井四段も負けることが増えてきて、一時の熱狂も収まりつつあるが、師匠の杉本七段の「今はまだ予告編」と言う言葉を聞くと、藤井四段がどこまで化けるのかと今からとても楽しみ。

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この写真は衝撃的でしたね。

2017年9月 6日 (水)

寄稿:第38回中学生選抜将棋全国大会に参加して・後編

2回戦はN県代表と。1回戦敗者同士で、ここで負けると予選敗退です。
戦形は相矢倉。中盤まで互角の展開だったのですが、詰めろ飛車取りの目の覚めるような一撃を食らってしまい、あっけなく負けてしまいました。
普通ならここで終了ですが、この大会は翌日の閉会式まで全員参加が義務づけられています。

午後は郷田九段の指導対局を受け、夜は抽選でチームを決めて男女混合団体戦のリレー将棋です。付添人も観戦することができて、とても楽しそうでした。「ああ、若いっていいなあ」、おじさんの独り言です。

その後、エレベーターで好きな棋士で五指に入る佐藤康光会長と二人っきりになった私ですが、緊張して声を掛けることができませんでした。

最終日は、男女決勝戦の観戦(大盤解説付き)~閉会式で終了でした。素晴らしい大会でした。旅館の朝晩のバイキングも最高でしたし、中村桃子女流もとてもキレイでした。

その後は新幹線の時間まで初日にもお邪魔した天童駅にある将棋交流室で再び指しました。ここでも各県の代表の子と指したり、去年のこの大会の優勝者で現在は奨励会員の子と指したり、幸運にもプロ棋士の熊坂学五段に指導を受けたりと、貴重な経験になりました。

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「来年もまた来たい!」そうですが、こればっかりは息子次第。負けたら泣いて悔しがったり、旅館の壁を壊すくらいになってほしいが、相変わらず淡々としている。やれやれです。

話は変わって、前週(7/25)に大阪で行われた団体戦の西日本大会は32チーム中3位と頑張りました。宜野湾中は予選を3連勝で突破し、代表校決定戦で全国優勝した広島県代表と大接戦の末1-2で負けてしまいました。こちらは、来年は全国優勝を狙いたいものです。

だらだらと長文になってしまいましたが、お付き合い頂き、ありがとうございました。

Tお父さん、付添いお疲れ様でした。天童青年会議所の皆さんが主催・運営する本大会は他の将棋大会とは違って、格式の高い素晴らしい大会という印象がありますね。息子さんにとっても良い経験になったことでしょう。本大会の出場を目指して中学生の皆さんは頑張って下さいね。

2017年9月 5日 (火)

寄稿:第38回中学生選抜将棋全国大会に参加して・前編

8月3・4日に山形県天童市で開催された第38回全国中学生選抜将棋選手権大会に沖縄県代表として参加したYクンのお父さんから寄稿を頂きました。

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観戦記:Tお父さん            
                                             
一度は行ってみたかった将棋の町、山形県天童市。今回は息子が代表になったおかげで一緒に行くことができました(最初で最後かも)。

この大会は、選手たちは大会会場でもある旅館(6~8人の相部屋)に泊まるのだが、付添者は自分で宿を取らなければならない。近郊のビジネスホテル等を取るのが定跡だが、親バカの私は、息子が2泊3日の団体生活を送れるか心配で、少し高いが同じ旅館に宿を取ることにしました。

本大会は、事前に参加選手の名簿等が送られてくるので、出場選手をある程度ネットで調べてみたのだが、研修会の上位者や全国大会上位の実績を持つ者が多数いて、予選突破の道は厳しいと感じました。

大会までの対策として、対振り飛車には居飛車穴熊等の持久戦、相居飛車には角換わりを主に勉強しました。苦手分野の強化を図ったのですが、大会前のネット対局ではレーティングが急降下し、不安一杯で大会を迎えることになりました。

大会前夜は、写真撮影・選手全員で夕食・開会式のリハーサルと大忙し。息子の部屋は九州各県代表の8人部屋。相部屋を嫌がっていた息子ですが、意外に平気だったみたいで安心しました。

そして当日の開会式。地元中学校の吹奏楽部の演奏をバックに選手一人一人が呼ばれ、スクリーンには選手名や学校名が映し出される感動的なものでした。将棋以外に何の取り柄もない息子ですが、小さい頃から将棋を続けてきてよかったと思える瞬間でした。

さて、1回戦。前日には組み合わせが発表されており、相手はW県代表。この子は研修会員で、アマ名人戦の県代表経験もある強豪で、初戦からきつい相手です。途中から対局を覗いてみると、相手の振り飛車に対し居飛車穴熊で対抗しているが、形勢は少し苦しい。周りが次々と終局していく中、両者20分の持ち時間を使い切っての30秒将棋。自陣に大駒まで投入し、珍しく粘る息子。相手も頭を抱え、時間ぎりぎりの着手が続く。しかし、最後は相手玉が中断まで逃げ出し捕まらない形になり投了。

続く

2017年9月 3日 (日)

名札入れの儀式

8月20日はC3,4,5のリーグ戦の開催日でした。下位リーグに所属しているのはほとんど小学生ですが、この日は前節の入賞者の表彰式から始まりました。
                         

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引き続き、子供サークルを卒業して晴れて今日から道場へ入門したSクン(小4)が皆に紹介されました。照屋席主が「益々精進して頑張って下さい」と彼に名札を渡しました。
最高の笑顔でこれを受け取ると、「頑張りますので、よろしくお願いします」と挨拶して、名札掛けへ自ら名札を入れました。「新しい仲間が増えました。お互いに仲良くして、切磋琢磨しながらこれからも頑張って下さい」と席主が締めました。

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道場オープン4年目にして名札入れの儀式に初めて参加した。そういえば、おれの名前の札はいつの間にか9級のところに掛かっていた。ちびっ子たちの間に挟まれて実際は恥ずかしかった。去年の大会で入賞して昇級したときには、会場にいた道場の指導員へ「名札を9級から4級のとこへ移しておいて」と頼んでいた。今振り返ると、とても不躾なことをやってしまったと後悔している。
名札掛けは右から左の順へと強さを示すだけの目印にしか過ぎないと思っていたが、席主の思いはそうではなかった。

息子に、四段のところへは自分で名札を入れたのかと訊くと、照屋席主から恭しく札を頂いて、自分で入れたとのことでした。札に込められた意味の重さを知らなかったのはおれだけだった。
これからは道場の会員としての誇りを持って頑張りたい。

2017年8月30日 (水)

月刊 オキナワグラフ8月号

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今月初旬に発売されたオキナワグラフ8月号に、見開き3ページで日本将棋連盟沖縄支部連合会のM会長のインタビュー記事が掲載されています。会長が幼い頃に出会った将棋とのなれそめから今日までを語ったものですが、この中で「琉球大学将棋クラブ」や「豊田将棋塾」等、沖縄将棋界の歴史を語る上で知っておくべき団体名や個人名がいくつか登場します。

一番驚いたのが、大山十五世名人が来沖していたことでした。将棋連盟と将棋社が共催したツアーにおける沖縄の将棋愛好家との現地懇親会での一コマでしょうか。琉装姿の踊り子さんも後方に写っています。昭和何年頃の撮影でしょうか。

沖縄のアマ将棋の歴史に興味があるのですが、ネットで古い情報は全然拾えませんし、関連の書籍も見つかりません。図書館で保管されている地元新聞に1ページずつ目を通していく地道な作業が必要かもしれませんが、これはずーさんがやっていらっしゃるので、後でまとめてお借りすることにしましょう、笑。
当時ご活躍された重鎮の皆様がお元気なうちにお話が伺えればと思っているのですが。

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今月号のインタビュー記事は読み応えのあるものでした。

PS/去年ご紹介したオキナワグラフ10月号のブログ記事もお読み下さい。

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