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2018年11月 8日 (木)

村田顕弘六段へインタビューしました・前編

先日(10/20)、村田顕弘六段を講師としてお招きして、宜野湾道場支部の研究会が開催されました。席主のお計らいで、村田先生へインタビューする時間を設けて頂きました。
幼い頃~奨励会に入るまでを中心にお尋ねしました。沖縄の子供達の参考になればということで、村田先生には快くインタビューにご了承していただきました。2回に分けて掲載します。
*なお本記事は村田先生に目を通して頂いて、ご了解のうえ掲載いたしております。

Q:将棋をはじめたきっかけは? それはおいくつのときですか?

A:父親がアマ初段でしたので、幼い頃には駒の動かし方やルールは一通り教わっていました。  

Q:兵庫県尼崎市生まれで富山県魚津市育ちですが、おいくつのときに引っ越しされましたか?

A:小学2年生(8歳)に上がる前に、父親の転勤の都合で富山県に引っ越しました。

Q:将棋に夢中になったのはおいくつのときですか?

A:8歳です。引っ越し先の魚津市に将棋愛好会があったのと、学校でも将棋教室の時間がありまして、そういう環境に恵まれたのが夢中になるきっかけでしたね。

Q:どのような性格のお子さんと言われてましたか?

A:う~ん、なんかどこか変わったちびっ子でしたかね(笑)負けず嫌いではあったような気もします。これは、よく言われます(笑)。

Q:他にはどんなことに興味や関心がありましたか?

A:TVゲームがとても好きで、特にロールプレイング・ゲームはよくやっていました。ドラクエはもう何回クリアしたのか、わかりませんね(笑)

Q:富山出身の中田章道先生が師匠ですが、小さい頃に出会いがあったのでしょうか?

A:僕が奨励会を目指す時期に、富山市の道場の支部長さんに紹介して頂きました。それまでは接点はありませんでした。

Q:将棋道場や将棋教室には通われましたか?
 
A:週3回ほど地元を含めて富山県内の3カ所の道場へ通っていました。その頃はプロを目指すというよりも、将棋が好きだから、一生懸命に取り組んでいました。

Q:その頃はどんなふうに将棋の勉強をしていましたか?

A:実戦だけでした。実戦で指して、考える。それだけでしたね。あと新聞に載っている詰め将棋はしっかり解いていました。後からは将棋世界を買ってもらうようになりました。

Q:周囲には将棋のライバルや友達はいましたか?

A:市内にはいませんでしたが、県内には小学生名人を取った子がいました。僕よりもずっと強かったので、ライバルというよりも彼が目標でした。

Q:学校ではどのようなお子さんだと先生の評判でしたか?

A:やんちゃ坊主でした(笑)

Q:アマ初段になられたのはおいくつのときですか?

A:小学5年生でした。

Muratas

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