寄稿

2018年5月25日 (金)

寄稿 第41期久留米王位戦大会記③

翌朝6時。彼と朝の散歩に行く。将棋で遠征があるときの楽しみの1つ。

朝靄の久留米を散策しながら、街の雰囲気、天気、たわいもないことを話す。親子だけの時間である。彼の寝癖のついた髪がすごいことになっている。羽生先生のようにそのままにするか?と一瞬悩んだが、シャワーを浴びさせる。その後は日課をこなす。「ん?あーそうか」と独り言を言いながら棋譜並べをする。旅先でも変わらない毎朝の景色。集合時間になり、会場へ向かうバスへ乗り込む。ここから彼の挑戦が始まる。

降り出した雨の中、会場に到着すると、掲示板には地方予選の様子を取り上げた各県の新聞記事が貼り出されていた。厳しい戦いを勝ち抜いた強豪の方々。緊張感が高まる。それは私だけのようだ。彼は飄々といつものように小走りで会場と別室を行ったり来たり。彼にはいつもの県大会と同じ感覚なのかもしれない。

関係者と出場者以外立ち入ることのできない赤いラインの向こう側に、扇子を握りしめ歩いていく彼の背中は、いつもよりたくましく見えた。

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全員一斉に対局開始。記者の押すシャッター音と駒音と対局時計をはじく音。かすかに聞こえる雨音。ピンと張りつめた空気がそこにある。歴史あるこの大会にふさわしい見事な会場と環境。すべての対局に記録係が同席し棋譜を取る。

一回戦の相手は鹿児島県代表の方。振り駒で先手が決まり居飛車に構える。相手の方は振り飛車。彼は急戦で挑む。
中央の位を積極的に取りに行く先手。後手も向かい飛車から中飛車に振り替えて迎え撃つ。目だけ明後日を向き脳内将棋盤と向き合ういつもと同じ様子の彼。2筋の突き捨てを同角と取ると飛車を切り、9筋からのぞいていた角を成りこみ飛車を取る。後手番の左金が前に出される形となる。この時、深く座りなおす。盤面を大きく見る。局面の方向性が見えたときの彼の癖だ。大駒の捌きあいから優勢を保ちそのまま勝ち切った。

この勝利で大会史上最年少勝利を記録した。運営上、感想戦は後程してくださいとの事で、棋譜の確認程度で終わったが、鹿児島県代表の方より非常に丁寧なご挨拶を頂き、対局を通じ勉強させていただいた事、感謝しかない。

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つづく

2018年5月24日 (木)

寄稿 第41期久留米王位戦大会記②

大会の前夜祭では、各県代表が登壇し組み合わせ抽選、挨拶が恒例となっている。

彼は人前に出ることが苦手だ。将棋盤をはさめば、臆することなく何でもできるが、将棋から離れた途端、小学4年生に戻る。代表の方々と大きな丸テーブルにひっそりと座っている。彼の場違い感が半端ない。1人だけ小さな体。1人だけ戸惑っている様子。回転式丸テーブル上の食事のとり方もわからず困惑していた。離れた席の私を何度も呼び、あたふたしている。その時、「沖縄県代表Kさん!」アナウンスが聞こえると私の方に顔を向け、しかめっ面をする。「はやく行きなさい」そう促すとしぶしぶ登壇する。本人以上に緊張した私の心は震えてかもしれない。

マイクに向かい「沖縄から来ました・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙が会場を包む。彼の撮影に夢中な私も不安になりファインダーから目をそらす。大会慣れした参加者のみなさんから声援を受け、「・・・・優勝します!」とまさかの宣言。

会場が拍手とほほえましい笑みに包まれた。舞台に立つと「頭が真っ白になった」と言う。人前で話すことの難しさを覚え成長してくれたのなら、良い経験となった。「がんばったね」と彼に言ってはみたものの、私としては心拍数が上がりっぱなしで落ち着かない前夜祭となった。

その後部屋に戻り、明日の対局に向けて何やら対策でもするのかと思えば、タブレットで動画を見ている。将棋には全く関係ない動画である。「将棋の研究は?」と聞くと笑顔で「研究よりリラックスしたい」と一流のアスリートを思わせる発言。やれやれ。長時間の移動や、慣れない場での挨拶など少し疲れたのかと思い、就寝までのんびりと過ごした。

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つづく

2018年5月23日 (水)

寄稿 第41期久留米王位戦大会記①

先日(5/13)開催された久留米王位戦に出場したSクンのお父さんより大会記を寄稿して頂きました。5回に分けて掲載いたします。

寄稿:Sクンのお父さん

沖縄で梅雨入り宣言があった二日後、さらさらと落ちる小雨の中、彼は福岡県久留米市へ向かう飛行機の中にいた。まるで家族で外食に向かうがごとく、「向こうは美味しいスイーツあるかな?」と繰り返す。いろいろと心配する事がバカらしくなる程、いつもと変わらない笑顔。彼らしいなと安堵する私がいた。彼にとって大会は最高の楽しみであり、緊張や不安という要素は、眼下の東シナ海に捨て去っていたのかもしれない。

地元紙に「最年少代表」の文字が躍り、困惑する。運よく県予選を勝ち抜いたが、むろん棋力は沖縄県の学生強豪や社会人強豪の足元にも及ばない。私としては「ラッキーパンチがはいった」としか言いようがない。しかし代表になったからには精一杯戦ってほしい。またとないこの機会を自分の糧としてほしい。そう願うばかりで、浮き足立っているのは私の方であったかと思う。

彼が参加する大会は、第41期久留米王位戦。九州全県に山口県を加えた9県から厳しい予選を勝ち抜いた強豪が集い王位の座を争う。その大会に小学4年生の息子が参加する。この点だけでも評価したいが、彼は優勝したいと言う。聞いているこっちが怖くなるが、本人はその気のようだ。「最初から優勝目指さないのはおかしいでしょ?」と笑顔で言い放つ。ますます恐ろしくなってきた。大人の常識など彼には関係ないらしい。子供の特権である。

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つづく

2018年1月11日 (木)

寄稿:14年ぶりに沖縄の将棋大会に参加して

新春将棋大会のS級で優勝されたCさんから大会の感想を頂きました。島の人情にふれて古里が恋しくなったと思います、笑。ちょくちょく遊びに帰ってきてね!

Cさん:

琉銀杯新春将棋大会は昨年棋譜とり等をさせて頂きましたが選手としては初めて出場させて頂きました。琉銀杯は参加費無料の大会とあって参加者が普段より多いと聞いていましたが、当日の参加者は220人超えでとても賑わいました。

朝到着して辺りを見渡すと若い子ばかりで私が昔参加していた頃の選手はあまり居ないので、ここは本当に沖縄か??と思ってしまいました(笑)

予選から計6局指しましたが、本選から準決勝迄の3局は沖縄を代表する小中学生の強豪の子達で、その親御さんも観戦に来てくれて、お陰様で手がブルブル震えちゃいました(私、観戦者がいると物凄く意識するんです)。

普段はその子達位の棋力の子に教えているので、真剣勝負をするのはありそうで初めての経験かも知れません。関東の一般大会は小中学生の子は不参加の事が多いのですが、沖縄だと逆で、子供達の経験の為の将棋大会という感じがしました。
子供達が成長するためには強豪の大人達の壁が必要だと思いますので、県内の強豪の大人の方も、もっと大会に参加して皆で切磋琢磨していって欲しいなと思いました。

沖縄の大会で独特なのは、参加選手も準備を手伝う所ですかね!これは沖縄の助け合いの心が光っているような気がしました(私は 時間ギリギリの到着でしたが…)。

また、気付いた事は対局が終わったら綺麗に並べて揃えている所ですかね。大きい大会やプロの世界では上位者が駒箱を空けて王将から順番に交互に並べて行くのが当たり前なので、席に着いたらすでに駒を並べられているのが斬新だなと思いました。これも次の人の為にを意識してやっているんだなと感じました。沖縄らしい暖かい人柄が受け継がれている気がしました。

いつも皆の為にボランティアで大会を運営して下さる方々に御礼します。お陰様で参加者が増え沖縄の将棋界も明るいと思います。

せっかく増えた若手を続けさせて行くためには、皆で全国でも活躍出来るような選手育成の環境を作る事が大事かなと思います。また、趣味でやっている子達にはドンドン強くなって、大人になっても続けていって貰える位、将棋の魅力に引き込まれて欲しいです(笑)

私も10年以上関東で指導をしているので、その経験を沖縄に取り入れて行けたらと思います。

Cさん、寄稿の依頼に快く了解して下さり、ありがとうございます。またお会い出来る日を楽しみにしています。

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ギャラリー多数に囲まれて緊張している図、笑。

2017年12月 3日 (日)

寄稿:第112回職域団体対抗将棋大会に参加しました

一つの会場に2千人以上の選手が集まる大規模な将棋大会だということだけは知っていましたが、このたびSさんが参加されるということを聞いて、大会記をお願いしました。

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寄稿:Sさん

11月23日に内閣総理大臣杯・第112回職域団体対抗将棋大会(以下、職団戦)が東京体育館にて開催されました。この職団戦の概要は春と秋の年2回行われる5人制団体戦で、同一企業か団体でのみ参加が可能です。

クラスは一番上がS級で以下AからFまでの7クラスに分けられており、初参加のチームは必ずF級からスタートとなります。
各クラスの上位入賞チームが上のクラスに昇級する一方、初戦敗退かつ初戦敗退チームを対象とした慰安戦の初戦でも負けると降級の対象となり、このシステムはプロの竜王戦と似ているかと思います。

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我が企業は去年の春から有志で参加しており、去年の秋と今年の春と3回連続でクラス優勝・昇級を果たしております。よって今回はC級での参加となり、私は初出場となりました。よく「北は北海道から南は沖縄まで」と言われますが、今回はチームメイトに北海道の選手もいたので、この言葉がリアルなものになりました。

C級の参加チームは64チーム(1チームは不戦敗)で、優勝には6回勝つ必要がありました。初戦から5-0、4-1、4-1と順調な滑り出しで(ただ2戦目で私がチーム初の黒星を喫しました)、準々決勝の戦いが大一番と感じておりました。というのも、相手チームとは前回のD級準決勝戦で当たっており、3-2でギリギリ勝った相手だからです。しかしここも4-1で制すると準決勝・決勝と制して4大会連続の優勝を決めました。結果的に悪くても4-1で、C級優勝はまだ通過点のような気もしました。

私は決勝戦以外は全て大将として起用され、一度負けてしまいましたがそこから立ち直ることができたのは収穫でした。毎回の参加は厳しいのですが、S級まで上がれれば、また参加したいですね。

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今年一年を振り返ると(早いと言わないで下さい、笑)自分にとって非常にいい年でした。新春将棋大会での優勝から始まり、支部名人戦と久留米王位戦で県代表になり、その派遣大会でも共にベスト4進出。そしてこの職団戦で締めくくりの優勝!!

おっとっと、まだ大事な対局が残っておりました(汗)。そうです、豊田杯王位戦の3番勝負です。初戦負けて厳しい状況ですが、なんとか巻き返して本当の意味での有終の美を飾れたらと思います。

Sさん、どうもありがとうございました。いよいよ本日の午後2時から第2.3局の開始ですね。私も那覇マラソンの区間を迂回しながら、応援に駆けつけますので頑張って下さい!

2017年9月29日 (金)

寄稿:牧志駅前将棋クラブの思い出とお別れ会・後編

 私のお別れ会に話を戻す。そもそも、この会を企画してくれたのは、S瑛くんのお父さんのK城さんだ。彼はご自身の将棋の腕前も相当だが、指導者として大活躍している。子供たちのつまずきの原因を分析して、画期的な指導方法を確立している。熱いパッションと明確なヴィジョンを持ち、目標に向けて筋道をつける能力がとても高い方で、対人能力にも優れている。ただの面白いおじさんではない。そんなK城さんが企画してくれた会だから、最高に楽しかった。

記念大会ということで、9人で変則トーナメントを行う。銀河戦形式と言えば分かっていただけるだろうか。優勝者には、私の名前のタイトルが与えられ、以後、公式の大会に出場する際にはその名前を用いなければならない。私は、トーナメント表の一番左からスタートする。私が優勝するためには8連勝することが必要である。K城さんは審判長として大会に参加した。なお、審判長の判定は絶対である。

初戦は変態将棋のH川さん。互いに一歩も引かない強気の応酬で、強烈なパンチを食らって悪くなったところで、H川さんにミスが出て逆転勝ち。問題は2戦目である。相手はあのS瑛くん。ここが鬼門である。私は得意の急戦矢倉を仕掛けた。私がよくなったようにも見えたが、難しい将棋が続く。そして、ついに私の玉が詰まされてしまったのだが…。

しかし、S瑛くんは銀を使って詰ましてしまった。審判長は、S瑛くんの反則負けを宣言した。S瑛くんは、「本局では銀を使って詰ましてはいけない」という取り決めをうっかりしたらしい。危ないところだった。…とまあ、こんな茶番もありつつ、私は8戦全勝で(実は7戦目も反則勝ち)気持ちよく優勝して記念大会を締めくくった。

沖縄生活の最後に、将棋仲間との真剣勝負の場を作ってくれたK城さんには、本当に感謝している。優勝のお膳立てをして気持ちよく終わらせてくれたことも。こんな素敵なお別れ会はない。いただいた超長文の表彰状を見るたびに、この日のことを、沖縄での日々を思い出すことだろう。ありがとうございました!
 
とある東京出身の三段より

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K倉さん、沖縄での楽しい思い出を胸に東京でもお仕事頑張って下さいね。

2017年9月28日 (木)

寄稿:牧志駅前将棋クラブの思い出とお別れ会・前編

お仕事で沖縄へいらしたK倉さんから、牧志駅前将棋クラブで過ごした思い出と感謝の寄稿を頂きました。2回に分けて掲載します。

9月18日の敬老の日に、牧志駅前将棋クラブを借り切って、私のお別れ会&記念大会が行われました。研修で10カ月ほど沖縄にいただけの私を、このような形で温かく送り出してくれたクラブの常連の方々と、快く場所を提供してくれた席主さんに、あらためて感謝します。

それにしても、将棋を通じてこれほどたくさんの人たちと交流し、お別れ会を開いてもらうことになるなんて、沖縄に来たばかりの私には、想像もできなかった。

初めて訪れたのは、今年の1月。東京から那覇にやってきて、まだ2週間もしない頃だった。真冬だというのに、半袖で過ごせて、なんだったらかき氷が欲しくなるくらい温暖な気候に驚いたものだ(今年の沖縄の冬は特別暖かったらしい)。

将棋ファンの性というかなんというか、つい思い立って、ネットで沖縄の将棋大会の日程を調べた。そうすると、とあるブログに沖縄の将棋情報がまとめられており、次の大会が迫っていることが分かった。私は、そこに紹介されていた「牧志駅前将棋クラブ」というところへ練習と大会前の情報収集を兼ねて行ってみることにした。

初めて訪れたその場所は、こぢんまりとしていて、人はあんまりいなかったが、みんなとにかく楽しそうに将棋を指していた。席主の比嘉さんは、いかにも人が好さそうで、将棋が好きで好きでたまらないという感じがした。なにより、そこは席料が安かった。ここにはまた来るかもなあと思った(実際、毎週のように通った)。

そこで、私はある少年と出会った。第一印象は「ちっちゃいな」だった。お父さんに連れられてやってきたS瑛くん。彼が沖縄県史上最年少三段とは知る由もなかった。私は彼に三連敗を喫した。強い。年齢を聞いて驚いた。8歳の小学2年生だった。大した才能だ。将来、「彼に勝ったことがある」ということを、東京の棋友に自慢できる日が来るのかも知れない。これからどんどん強くなっていくだろうから、大幅に負け越しはしたけれど、それなりにいい勝負を展開できたことは、とても楽しかったし、幸せなことだと思う。いい時に沖縄に来たものだ。

その後も、色んな人と出会った。

いつもジャージ姿で、高校生と間違われるT久地くん。実際は,私の一つ下で,棋力も一番近いような気がする。彼の手厚い将棋には手を焼かされた。団体戦で足を引っ張ってしまって申し訳なかった。

大会ではあまり見かけなかったけど,道場では毎週のように顔を合わせたU原さん。いつも人の指し手に感心しているけど、ノータイムで最善手を指してきたりするからあれは半分嘘だと思う。こちらが悪手を指してもまずは感心するスタイル。盤外戦術だとしたら恐ろしい人だ(笑)。

私が牧志将棋クラブを訪れたきっかけであるブログの管理人のずーさん。あの方が情報発信しなければ一般の方が大会の日時や場所を知ることはまずできないので、沖縄の将棋界に非常に貢献されている方だ。

変態将棋のH川さん。私のA級優勝を阻んだ因縁の相手である。不思議なことに、私の記憶では大会で2連敗してから1度しか負けていない。

私がA級で優勝した時に予選リーグと準決勝で当たったA部さん。準決勝は必敗の将棋で、これしかないという筋で逆転勝ちしたので思い出深い。A級2回準優勝で三段の資格を得ながら、実力が伴わないと言って昇段を固辞したり、実に信念の人である。

最近、牧志将棋クラブに顔を出すようになったT慶次さん。毎週金曜日に行われている三段どうしのリーグ戦で勝率9割に迫る勢いで、好調である。

この地で将棋を通じて出会ったすべての人に感謝したい。

つづく

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画像は個人の顔の判別が出来ないくらいまで画質を落としています。関係者の皆様、どうぞご了承下さい。

2017年9月16日 (土)

寄稿:アマ名人戦全国大会に出場しました・後編

さて翌日の予選

一回戦の私の相手はF県代表のF氏、相手の注文で一手損角換わり。
棒銀での速攻に向飛車で対抗され、動きが取りづらいまま駒組合戦になり苦しい展開に。途中、相手の動きを誘い何とか駒組を立て直すも、端の攻防で中途半端に切りあいに行ったのが悪く、最後は一方的に寄せ切られる(徹底して受けるか、うまく受け流せればまだチャンスはあったか?残念)。

気を取り直して二戦目、相手は元奨三段の若手M氏。
これまた角換わりとなり、相手の飛車先の交換を誘っての切り返しで角を放つも、相手もひるまず突っ込んできて直線勝負に。
こちらが少し苦しい展開だったが相手も人の子、負ければ予選落ちなので自然と指し手も慎重になる。最後ワンチャンス、桂馬の王手に同角と取ればどうなったか?
相手も「真っ暗でした」と気にしていた筋もあったのだが結局見逃して、最後はきれいに寄せきられ投了。
あえなく二連敗で予選敗退となりました。う~む、残念。

今回、久しぶりの全国大会ということで気合はかなり入っていたのですが、ちょっと空回り気味だったかもしれません。もちろん私の実力不足の感は否めませんが。
それでもね、もう少しは良い戦いが出来ただろうにと、自分の土俵で戦えなかったのは悔いが残りますね。
ただやはり、全国の空気を吸ってその中で戦えたことは、良い刺激になりました。

今大会では出場者も最高齢は67歳!その他50代も数名とベテラン勢も多く、20数年前から知っていて、昔、東京の大会等で当たったこともある面々が揃っていて、「皆さん今でも第一線で活躍していて凄いね。自分もまだまだ頑張らねば」と思いを新たにした次第です。

県内も強豪がひしめいているので、代表になるのも大変ですが、またいつかこの場所に立てるよう、これからも精進したいと思います。

応援していただいた皆様、ありがとうございました。

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Iさん力作どうもありがとうございました。中年代表の輝く☆としてこれからもチャレンジは続くのです!

画像は個人の顔の判別が出来ないくらいまで画質を落としています。関係者の皆様、どうぞご了承下さい。

2017年9月15日 (金)

寄稿:アマ名人戦全国大会に出場しました・前編

平成29年9月2~4日の日程で開催された第71回全日本アマチュア将棋名人戦に沖縄県代表として出場されたIさんから寄稿を頂きました。2回に分けて掲載いたします。

出場記:Iさん

9月2日、東京チサンホテルで開催された第71回アマ名人戦全国大会に沖縄県代表として出場させていただきました。

名人戦の全国大会は3回目ですが過去2回は30年以上も前の話なので、初出場みたいなものですね。(ちなみに当時の会場は中野サンプラザで、他県勢との相部屋でした。今回は個室でしたが、今どきの全国大会はどこもそうなのかな?まあリラックスできてその方がいいではあります)

前日の夕方にホテル入りし、抽選くじを引いて前夜祭の時刻まで部屋でしばし休憩。出場者名簿に目を通すと、知ってる名前がほとんど。まあ全国大会ですから当然ですが、当たりたくない相手ばっかりです(笑)。
超強豪達の中にまざって自分の名前があるのも少し場違いな感もしましたが、すぐに「いやいや、過去に勝った相手だって数人いる、怯むことは無い」と言い聞かせ、試合前日に自信を無くしそうな心を鼓舞する。。。

定刻になり前夜祭に出席。(立食バイキング形式)
参加者は常連組が多いので自然と会話の輪ができているが、私はなにせ、ほぼ初出場みたいなものなので、こういう時少し困るのよね。
それでも近くにいたN県代表の方と乾杯を契機に雑談をし少しリラックス、そのうちC県代表のCさんも到着し合流。会場には知り合いも数人いて、挨拶に行かなきゃなのですが中々タイミングみつけられず(難しいですね、こういうの)。
そうこうしてるうちにS県代表のE氏に「Iさん久しぶりー」と声をかけられ、「あー、すいません、こちらから挨拶に行こうと思ってたんですがEさんずっと歓談中だったので中々行けなくて」と、しどろもどろにこちらの非を詫びつつまた歓談。

前夜祭は佐藤会長、屋敷大会委員長の挨拶を皮切りに、出場選手個々が前に出て抱負を述べるという流れで、わりとあっという間にお開きに。(会場で屋敷九段に声をかけると、気さくに対応いただき写真を撮らせてもらいました。この場を借りて?御礼申し上げます)

つづく

Party
画像はイメージ、笑。

2017年9月 6日 (水)

寄稿:第38回中学生選抜将棋全国大会に参加して・後編

2回戦はN県代表と。1回戦敗者同士で、ここで負けると予選敗退です。
戦形は相矢倉。中盤まで互角の展開だったのですが、詰めろ飛車取りの目の覚めるような一撃を食らってしまい、あっけなく負けてしまいました。
普通ならここで終了ですが、この大会は翌日の閉会式まで全員参加が義務づけられています。

午後は郷田九段の指導対局を受け、夜は抽選でチームを決めて男女混合団体戦のリレー将棋です。付添人も観戦することができて、とても楽しそうでした。「ああ、若いっていいなあ」、おじさんの独り言です。

その後、エレベーターで好きな棋士で五指に入る佐藤康光会長と二人っきりになった私ですが、緊張して声を掛けることができませんでした。

最終日は、男女決勝戦の観戦(大盤解説付き)~閉会式で終了でした。素晴らしい大会でした。旅館の朝晩のバイキングも最高でしたし、中村桃子女流もとてもキレイでした。

その後は新幹線の時間まで初日にもお邪魔した天童駅にある将棋交流室で再び指しました。ここでも各県の代表の子と指したり、去年のこの大会の優勝者で現在は奨励会員の子と指したり、幸運にもプロ棋士の熊坂学五段に指導を受けたりと、貴重な経験になりました。

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「来年もまた来たい!」そうですが、こればっかりは息子次第。負けたら泣いて悔しがったり、旅館の壁を壊すくらいになってほしいが、相変わらず淡々としている。やれやれです。

話は変わって、前週(7/25)に大阪で行われた団体戦の西日本大会は32チーム中3位と頑張りました。宜野湾中は予選を3連勝で突破し、代表校決定戦で全国優勝した広島県代表と大接戦の末1-2で負けてしまいました。こちらは、来年は全国優勝を狙いたいものです。

だらだらと長文になってしまいましたが、お付き合い頂き、ありがとうございました。

Tお父さん、付添いお疲れ様でした。天童青年会議所の皆さんが主催・運営する本大会は他の将棋大会とは違って、格式の高い素晴らしい大会という印象がありますね。息子さんにとっても良い経験になったことでしょう。本大会の出場を目指して中学生の皆さんは頑張って下さいね。