寄稿

2017年12月 3日 (日)

寄稿:第112回職域団体対抗将棋大会に参加しました

一つの会場に2千人以上の選手が集まる大規模な将棋大会だということだけは知っていましたが、このたびSさんが参加されるということを聞いて、大会記をお願いしました。

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寄稿:Sさん

11月23日に内閣総理大臣杯・第112回職域団体対抗将棋大会(以下、職団戦)が東京体育館にて開催されました。この職団戦の概要は春と秋の年2回行われる5人制団体戦で、同一企業か団体でのみ参加が可能です。

クラスは一番上がS級で以下AからFまでの7クラスに分けられており、初参加のチームは必ずF級からスタートとなります。
各クラスの上位入賞チームが上のクラスに昇級する一方、初戦敗退かつ初戦敗退チームを対象とした慰安戦の初戦でも負けると降級の対象となり、このシステムはプロの竜王戦と似ているかと思います。

Kaijyous

我が企業は去年の春から有志で参加しており、去年の秋と今年の春と3回連続でクラス優勝・昇級を果たしております。よって今回はC級での参加となり、私は初出場となりました。よく「北は北海道から南は沖縄まで」と言われますが、今回はチームメイトに北海道の選手もいたので、この言葉がリアルなものになりました。

C級の参加チームは64チーム(1チームは不戦敗)で、優勝には6回勝つ必要がありました。初戦から5-0、4-1、4-1と順調な滑り出しで(ただ2戦目で私がチーム初の黒星を喫しました)、準々決勝の戦いが大一番と感じておりました。というのも、相手チームとは前回のD級準決勝戦で当たっており、3-2でギリギリ勝った相手だからです。しかしここも4-1で制すると準決勝・決勝と制して4大会連続の優勝を決めました。結果的に悪くても4-1で、C級優勝はまだ通過点のような気もしました。

私は決勝戦以外は全て大将として起用され、一度負けてしまいましたがそこから立ち直ることができたのは収穫でした。毎回の参加は厳しいのですが、S級まで上がれれば、また参加したいですね。

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今年一年を振り返ると(早いと言わないで下さい、笑)自分にとって非常にいい年でした。新春将棋大会での優勝から始まり、支部名人戦と久留米王位戦で県代表になり、その派遣大会でも共にベスト4進出。そしてこの職団戦で締めくくりの優勝!!

おっとっと、まだ大事な対局が残っておりました(汗)。そうです、豊田杯王位戦の3番勝負です。初戦負けて厳しい状況ですが、なんとか巻き返して本当の意味での有終の美を飾れたらと思います。

Sさん、どうもありがとうございました。いよいよ本日の午後2時から第2.3局の開始ですね。私も那覇マラソンの区間を迂回しながら、応援に駆けつけますので頑張って下さい!

2017年9月29日 (金)

寄稿:牧志駅前将棋クラブの思い出とお別れ会・後編

 私のお別れ会に話を戻す。そもそも、この会を企画してくれたのは、S瑛くんのお父さんのK城さんだ。彼はご自身の将棋の腕前も相当だが、指導者として大活躍している。子供たちのつまずきの原因を分析して、画期的な指導方法を確立している。熱いパッションと明確なヴィジョンを持ち、目標に向けて筋道をつける能力がとても高い方で、対人能力にも優れている。ただの面白いおじさんではない。そんなK城さんが企画してくれた会だから、最高に楽しかった。

記念大会ということで、9人で変則トーナメントを行う。銀河戦形式と言えば分かっていただけるだろうか。優勝者には、私の名前のタイトルが与えられ、以後、公式の大会に出場する際にはその名前を用いなければならない。私は、トーナメント表の一番左からスタートする。私が優勝するためには8連勝することが必要である。K城さんは審判長として大会に参加した。なお、審判長の判定は絶対である。

初戦は変態将棋のH川さん。互いに一歩も引かない強気の応酬で、強烈なパンチを食らって悪くなったところで、H川さんにミスが出て逆転勝ち。問題は2戦目である。相手はあのS瑛くん。ここが鬼門である。私は得意の急戦矢倉を仕掛けた。私がよくなったようにも見えたが、難しい将棋が続く。そして、ついに私の玉が詰まされてしまったのだが…。

しかし、S瑛くんは銀を使って詰ましてしまった。審判長は、S瑛くんの反則負けを宣言した。S瑛くんは、「本局では銀を使って詰ましてはいけない」という取り決めをうっかりしたらしい。危ないところだった。…とまあ、こんな茶番もありつつ、私は8戦全勝で(実は7戦目も反則勝ち)気持ちよく優勝して記念大会を締めくくった。

沖縄生活の最後に、将棋仲間との真剣勝負の場を作ってくれたK城さんには、本当に感謝している。優勝のお膳立てをして気持ちよく終わらせてくれたことも。こんな素敵なお別れ会はない。いただいた超長文の表彰状を見るたびに、この日のことを、沖縄での日々を思い出すことだろう。ありがとうございました!
 
とある東京出身の三段より

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K倉さん、沖縄での楽しい思い出を胸に東京でもお仕事頑張って下さいね。

2017年9月28日 (木)

寄稿:牧志駅前将棋クラブの思い出とお別れ会・前編

お仕事で沖縄へいらしたK倉さんから、牧志駅前将棋クラブで過ごした思い出と感謝の寄稿を頂きました。2回に分けて掲載します。

9月18日の敬老の日に、牧志駅前将棋クラブを借り切って、私のお別れ会&記念大会が行われました。研修で10カ月ほど沖縄にいただけの私を、このような形で温かく送り出してくれたクラブの常連の方々と、快く場所を提供してくれた席主さんに、あらためて感謝します。

それにしても、将棋を通じてこれほどたくさんの人たちと交流し、お別れ会を開いてもらうことになるなんて、沖縄に来たばかりの私には、想像もできなかった。

初めて訪れたのは、今年の1月。東京から那覇にやってきて、まだ2週間もしない頃だった。真冬だというのに、半袖で過ごせて、なんだったらかき氷が欲しくなるくらい温暖な気候に驚いたものだ(今年の沖縄の冬は特別暖かったらしい)。

将棋ファンの性というかなんというか、つい思い立って、ネットで沖縄の将棋大会の日程を調べた。そうすると、とあるブログに沖縄の将棋情報がまとめられており、次の大会が迫っていることが分かった。私は、そこに紹介されていた「牧志駅前将棋クラブ」というところへ練習と大会前の情報収集を兼ねて行ってみることにした。

初めて訪れたその場所は、こぢんまりとしていて、人はあんまりいなかったが、みんなとにかく楽しそうに将棋を指していた。席主の比嘉さんは、いかにも人が好さそうで、将棋が好きで好きでたまらないという感じがした。なにより、そこは席料が安かった。ここにはまた来るかもなあと思った(実際、毎週のように通った)。

そこで、私はある少年と出会った。第一印象は「ちっちゃいな」だった。お父さんに連れられてやってきたS瑛くん。彼が沖縄県史上最年少三段とは知る由もなかった。私は彼に三連敗を喫した。強い。年齢を聞いて驚いた。8歳の小学2年生だった。大した才能だ。将来、「彼に勝ったことがある」ということを、東京の棋友に自慢できる日が来るのかも知れない。これからどんどん強くなっていくだろうから、大幅に負け越しはしたけれど、それなりにいい勝負を展開できたことは、とても楽しかったし、幸せなことだと思う。いい時に沖縄に来たものだ。

その後も、色んな人と出会った。

いつもジャージ姿で、高校生と間違われるT久地くん。実際は,私の一つ下で,棋力も一番近いような気がする。彼の手厚い将棋には手を焼かされた。団体戦で足を引っ張ってしまって申し訳なかった。

大会ではあまり見かけなかったけど,道場では毎週のように顔を合わせたU原さん。いつも人の指し手に感心しているけど、ノータイムで最善手を指してきたりするからあれは半分嘘だと思う。こちらが悪手を指してもまずは感心するスタイル。盤外戦術だとしたら恐ろしい人だ(笑)。

私が牧志将棋クラブを訪れたきっかけであるブログの管理人のずーさん。あの方が情報発信しなければ一般の方が大会の日時や場所を知ることはまずできないので、沖縄の将棋界に非常に貢献されている方だ。

変態将棋のH川さん。私のA級優勝を阻んだ因縁の相手である。不思議なことに、私の記憶では大会で2連敗してから1度しか負けていない。

私がA級で優勝した時に予選リーグと準決勝で当たったA部さん。準決勝は必敗の将棋で、これしかないという筋で逆転勝ちしたので思い出深い。A級2回準優勝で三段の資格を得ながら、実力が伴わないと言って昇段を固辞したり、実に信念の人である。

最近、牧志将棋クラブに顔を出すようになったT慶次さん。毎週金曜日に行われている三段どうしのリーグ戦で勝率9割に迫る勢いで、好調である。

この地で将棋を通じて出会ったすべての人に感謝したい。

つづく

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画像は個人の顔の判別が出来ないくらいまで画質を落としています。関係者の皆様、どうぞご了承下さい。

2017年9月16日 (土)

寄稿:アマ名人戦全国大会に出場しました・後編

さて翌日の予選

一回戦の私の相手はF県代表のF氏、相手の注文で一手損角換わり。
棒銀での速攻に向飛車で対抗され、動きが取りづらいまま駒組合戦になり苦しい展開に。途中、相手の動きを誘い何とか駒組を立て直すも、端の攻防で中途半端に切りあいに行ったのが悪く、最後は一方的に寄せ切られる(徹底して受けるか、うまく受け流せればまだチャンスはあったか?残念)。

気を取り直して二戦目、相手は元奨三段の若手M氏。
これまた角換わりとなり、相手の飛車先の交換を誘っての切り返しで角を放つも、相手もひるまず突っ込んできて直線勝負に。
こちらが少し苦しい展開だったが相手も人の子、負ければ予選落ちなので自然と指し手も慎重になる。最後ワンチャンス、桂馬の王手に同角と取ればどうなったか?
相手も「真っ暗でした」と気にしていた筋もあったのだが結局見逃して、最後はきれいに寄せきられ投了。
あえなく二連敗で予選敗退となりました。う~む、残念。

今回、久しぶりの全国大会ということで気合はかなり入っていたのですが、ちょっと空回り気味だったかもしれません。もちろん私の実力不足の感は否めませんが。
それでもね、もう少しは良い戦いが出来ただろうにと、自分の土俵で戦えなかったのは悔いが残りますね。
ただやはり、全国の空気を吸ってその中で戦えたことは、良い刺激になりました。

今大会では出場者も最高齢は67歳!その他50代も数名とベテラン勢も多く、20数年前から知っていて、昔、東京の大会等で当たったこともある面々が揃っていて、「皆さん今でも第一線で活躍していて凄いね。自分もまだまだ頑張らねば」と思いを新たにした次第です。

県内も強豪がひしめいているので、代表になるのも大変ですが、またいつかこの場所に立てるよう、これからも精進したいと思います。

応援していただいた皆様、ありがとうございました。

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Iさん力作どうもありがとうございました。中年代表の輝く☆としてこれからもチャレンジは続くのです!

画像は個人の顔の判別が出来ないくらいまで画質を落としています。関係者の皆様、どうぞご了承下さい。

2017年9月15日 (金)

寄稿:アマ名人戦全国大会に出場しました・前編

平成29年9月2~4日の日程で開催された第71回全日本アマチュア将棋名人戦に沖縄県代表として出場されたIさんから寄稿を頂きました。2回に分けて掲載いたします。

出場記:Iさん

9月2日、東京チサンホテルで開催された第71回アマ名人戦全国大会に沖縄県代表として出場させていただきました。

名人戦の全国大会は3回目ですが過去2回は30年以上も前の話なので、初出場みたいなものですね。(ちなみに当時の会場は中野サンプラザで、他県勢との相部屋でした。今回は個室でしたが、今どきの全国大会はどこもそうなのかな?まあリラックスできてその方がいいではあります)

前日の夕方にホテル入りし、抽選くじを引いて前夜祭の時刻まで部屋でしばし休憩。出場者名簿に目を通すと、知ってる名前がほとんど。まあ全国大会ですから当然ですが、当たりたくない相手ばっかりです(笑)。
超強豪達の中にまざって自分の名前があるのも少し場違いな感もしましたが、すぐに「いやいや、過去に勝った相手だって数人いる、怯むことは無い」と言い聞かせ、試合前日に自信を無くしそうな心を鼓舞する。。。

定刻になり前夜祭に出席。(立食バイキング形式)
参加者は常連組が多いので自然と会話の輪ができているが、私はなにせ、ほぼ初出場みたいなものなので、こういう時少し困るのよね。
それでも近くにいたN県代表の方と乾杯を契機に雑談をし少しリラックス、そのうちC県代表のCさんも到着し合流。会場には知り合いも数人いて、挨拶に行かなきゃなのですが中々タイミングみつけられず(難しいですね、こういうの)。
そうこうしてるうちにS県代表のE氏に「Iさん久しぶりー」と声をかけられ、「あー、すいません、こちらから挨拶に行こうと思ってたんですがEさんずっと歓談中だったので中々行けなくて」と、しどろもどろにこちらの非を詫びつつまた歓談。

前夜祭は佐藤会長、屋敷大会委員長の挨拶を皮切りに、出場選手個々が前に出て抱負を述べるという流れで、わりとあっという間にお開きに。(会場で屋敷九段に声をかけると、気さくに対応いただき写真を撮らせてもらいました。この場を借りて?御礼申し上げます)

つづく

Party
画像はイメージ、笑。

2017年9月 6日 (水)

寄稿:第38回中学生選抜将棋全国大会に参加して・後編

2回戦はN県代表と。1回戦敗者同士で、ここで負けると予選敗退です。
戦形は相矢倉。中盤まで互角の展開だったのですが、詰めろ飛車取りの目の覚めるような一撃を食らってしまい、あっけなく負けてしまいました。
普通ならここで終了ですが、この大会は翌日の閉会式まで全員参加が義務づけられています。

午後は郷田九段の指導対局を受け、夜は抽選でチームを決めて男女混合団体戦のリレー将棋です。付添人も観戦することができて、とても楽しそうでした。「ああ、若いっていいなあ」、おじさんの独り言です。

その後、エレベーターで好きな棋士で五指に入る佐藤康光会長と二人っきりになった私ですが、緊張して声を掛けることができませんでした。

最終日は、男女決勝戦の観戦(大盤解説付き)~閉会式で終了でした。素晴らしい大会でした。旅館の朝晩のバイキングも最高でしたし、中村桃子女流もとてもキレイでした。

その後は新幹線の時間まで初日にもお邪魔した天童駅にある将棋交流室で再び指しました。ここでも各県の代表の子と指したり、去年のこの大会の優勝者で現在は奨励会員の子と指したり、幸運にもプロ棋士の熊坂学五段に指導を受けたりと、貴重な経験になりました。

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「来年もまた来たい!」そうですが、こればっかりは息子次第。負けたら泣いて悔しがったり、旅館の壁を壊すくらいになってほしいが、相変わらず淡々としている。やれやれです。

話は変わって、前週(7/25)に大阪で行われた団体戦の西日本大会は32チーム中3位と頑張りました。宜野湾中は予選を3連勝で突破し、代表校決定戦で全国優勝した広島県代表と大接戦の末1-2で負けてしまいました。こちらは、来年は全国優勝を狙いたいものです。

だらだらと長文になってしまいましたが、お付き合い頂き、ありがとうございました。

Tお父さん、付添いお疲れ様でした。天童青年会議所の皆さんが主催・運営する本大会は他の将棋大会とは違って、格式の高い素晴らしい大会という印象がありますね。息子さんにとっても良い経験になったことでしょう。本大会の出場を目指して中学生の皆さんは頑張って下さいね。

2017年9月 5日 (火)

寄稿:第38回中学生選抜将棋全国大会に参加して・前編

8月3・4日に山形県天童市で開催された第38回全国中学生選抜将棋選手権大会に沖縄県代表として参加したYクンのお父さんから寄稿を頂きました。

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観戦記:Tお父さん            
                                             
一度は行ってみたかった将棋の町、山形県天童市。今回は息子が代表になったおかげで一緒に行くことができました(最初で最後かも)。

この大会は、選手たちは大会会場でもある旅館(6~8人の相部屋)に泊まるのだが、付添者は自分で宿を取らなければならない。近郊のビジネスホテル等を取るのが定跡だが、親バカの私は、息子が2泊3日の団体生活を送れるか心配で、少し高いが同じ旅館に宿を取ることにしました。

本大会は、事前に参加選手の名簿等が送られてくるので、出場選手をある程度ネットで調べてみたのだが、研修会の上位者や全国大会上位の実績を持つ者が多数いて、予選突破の道は厳しいと感じました。

大会までの対策として、対振り飛車には居飛車穴熊等の持久戦、相居飛車には角換わりを主に勉強しました。苦手分野の強化を図ったのですが、大会前のネット対局ではレーティングが急降下し、不安一杯で大会を迎えることになりました。

大会前夜は、写真撮影・選手全員で夕食・開会式のリハーサルと大忙し。息子の部屋は九州各県代表の8人部屋。相部屋を嫌がっていた息子ですが、意外に平気だったみたいで安心しました。

そして当日の開会式。地元中学校の吹奏楽部の演奏をバックに選手一人一人が呼ばれ、スクリーンには選手名や学校名が映し出される感動的なものでした。将棋以外に何の取り柄もない息子ですが、小さい頃から将棋を続けてきてよかったと思える瞬間でした。

さて、1回戦。前日には組み合わせが発表されており、相手はW県代表。この子は研修会員で、アマ名人戦の県代表経験もある強豪で、初戦からきつい相手です。途中から対局を覗いてみると、相手の振り飛車に対し居飛車穴熊で対抗しているが、形勢は少し苦しい。周りが次々と終局していく中、両者20分の持ち時間を使い切っての30秒将棋。自陣に大駒まで投入し、珍しく粘る息子。相手も頭を抱え、時間ぎりぎりの着手が続く。しかし、最後は相手玉が中断まで逃げ出し捕まらない形になり投了。

続く

2017年8月24日 (木)

寄稿:八重山将棋祭り体験記

去る8月6日に行われた八重山将棋祭りの小学生の部で優勝したTクン(小6)から大会の感想文を頂きました。

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大会記:Tクン

今年の夏休みに家族で石垣島へ旅行に行きました。お父さんがネットで調べて石垣島で将棋を指せるところを見つけてくれました。将棋大会もありました! 行く前からとても楽しみでした。

大会前日には八将館へ行って石垣席主に教わりました。道場には高田先生もいらしていたので、びっくりしました。お二人からたくさん教わっていろいろ勉強になりました。

いよいよ大会の日です。会場の様子は人が多くて、ちょっと緊張しました。本を販売しているところに年末将棋大会のときに当たったKさんがいたので、勇気を出してあいさつしました。はやくS級にあがっておいでと声を掛けてもらえました。那覇から来たGさんも見つけたので、緊張がすこしずつなくなりました。家族も応援に来てくれたので心強かったです。

予選は5連勝か4勝1敗で通過となり、けっこう厳しいなあと感じました。ぼくは、2局目がちょっとあぶなかったのですが、ぎりぎりでこの勝負に勝って、予選通過することができました。

決勝トーナメント1回戦の相手は居飛車穴熊に組んで、とても陣地が堅かったです。ぼくも王様を逃がして、入玉できました。それからは攻めることができて、どうにか勝てました。準決勝戦の相手は居飛車矢倉に組みましたが、中飛車で勝ちました。決勝戦では相手の左美濃に早石田で攻め込んで、勝つことが出来ました。

石垣島の将棋大会で優勝することが出来て、うれしかったです。
とても有意義な夏休みを過ごせました。また、いつか行きたいです。

Tクンどうもありがとうございました。今年の夏休みは素敵な思い出になりましたね。(*画像は八重山支部からご了解を得て、転載しています。)

2017年8月18日 (金)

寄稿:くらしき王将せんへ出場しました

8月6日に倉敷市で開催された第16回大山名人杯争奪全国小学生倉敷王将戦に沖縄県代表(低学年の部)として出場したSクン(小3)へ大会の感想文をお願いしました。

大会記:Sクン

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台風で1日早く出発しました。大会前日に将棋サミットがあって、さとう名人対すがい先生の対局を見ることができました。

大会ですが、予選の1戦目は角がわりの将棋で、4五桂はねでゆうせいになって勝ちました。次は、横歩取りで4五角を相手がしてきたので、うけきって勝ちました。3戦目は、相手が向かい飛車でしたが、相手の手を利用して有利になって勝ちました。

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決勝トーナメントでは、相手にうまくうけられ、負けてしまいました。この試合が終わった後、こんなにくやしかったのは初めてです。本当にくやしいです。

そのあと里見かな先生としどう対局で飛車落ちで勝つことができ、感想せんでもたくさん教えてもらえました。

くらしきの町はゴミが1つも落ちていませんでした。ゴミ箱が道にたくさんあったからだと思います。

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やはりモモパフェはとてもおいしかったです。

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来年もくらしきの大会に出たいです。

Sクンどうもありがとうございました。それでも全国ベスト8の成績は立派です。これからも将棋を頑張って来年も大活躍して下さい!

2017年8月14日 (月)

寄稿:全国高等学校将棋選手権大会(団体戦)に参加しました・後編

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さて、おれの将棋です(笑)

今年2月の新人全国大会では緊張して力を出せなかったので、今回は落ち着いて指そうと思いました。過去2回は、持ち時間の20分を上手く使えませんでした。

初戦は四間飛車穴熊。四間飛車は将棋を始めた頃から指している僕の主力戦法。穴熊は団体戦の時にはよく採用します。主将としての責任感の表れです。と金をつくって有利になりましたが、相手の穴熊もまだ金銀4枚なので、気を引き締めました。そのおかげもあって、珍しく緩手を出さずに勝てました。

お腹が痛くなり、途中でトイレに駆け込んだ対局もありました。戻ると持ち時間を8分も消費してしまっており、冷や汗。

いつもの自分なら、早く攻めつぶそうと一気の決戦を好んでいましたが、今大会では息の長い戦いで、じわりじわりとリードを広げる指し方を心掛けました。

チームとしては1勝3敗で予選敗退。個人としては目標だった4試合すべてに勝つことが出来ました。久々の大会参加でしたが、うまく時間を使えた上に、自分でも驚くほどに、集中力がありました。

中学1年生のときに始めた将棋ですが、いまでは生活の一部になっています。現在は受験生なので、将棋は一旦休みますが、気分が向いたらふらっと県大会の会場へ遊びに行くかもしれません。その時に「受験勉強は?」と聞かないで下さいね(笑)

2回にわたりお付き合い下さり、ありがとうございました。